セクシー田中さん

昨日、たまたま家で携帯をいじっていた時、一瞬分けが分からなくなるニュースを見た。

芦原妃名子さん死去

ここ最近の一連の出来事はニュースで知っていたが、名前を見てまさかと思ったら自分が想像すらしていない事態となっていた。

今も色んな所で色んな言葉が飛び交っているが、自分はこの作品を漫画で知っているからこそ、「セクシー田中さん」の漫画を語りたい。

セクシー田中さんを知ったのは、よくあるメディア化になると〇巻まで無料というサービスがあったので、そこで初めて読ませてもらった。自分自身はあんまり女性のヒューマンドラマのような漫画は観ていないのでどんな感じだろうと思ってたが、すぐにサービス分を読んでしまった。

その後ドラマ化となったのでとりあえず録画するも、なかなか見るまでには至らず、残したままとなっていた。
今となっては素直に楽しむことはできない気がするので、このままになる可能性は高いと思う。

色々とニュースやSNSで事の顛末を見ていたが、少し疲れる。
結局、もう一度きちんと見たいと思って、セクシー田中さんを電子書籍でまとめ買いする。思ったよりぽちっとは早かった。

まだ2巻までだが、改めて読んでみると、僕が感じたこの漫画はテーマが「生き方と価値観」のように思えた。
周りに評価されずに自分の殻にこもって背が曲がっていた人(田中さん)が、ベリーダンスに出会い、自分の生き方を見つけていく。
「曲がった背筋を何度も何度でも伸ばそうと思った」
その言葉が印象的だった。そしてそんな女性を同じ会社の後輩は尊敬のまなざしで見ていた。後輩もまた、一見キラキラしていて何も悩んでないように周りから見えていたが、自分自身の中身や未来についての葛藤で悩んでいた。そんな二人がお互いに持っていないものを見つめて刺激しあう姿はまさに素敵なコミュニケーションでもある。

しかしベリーダンスは肌の露出や文化の違いなどもあり、偏見も多い。田中さんも心無い罵声を浴びることもあり、ある男性からは「なぜベリーダンスなのか」と聞かれる。

「ベリーダンスには正解の形が見えない」
「だからこうありたい正解を自分で選び取るしかない」

田中さんの答えは男性に響く。

これは今の社会で必要な概念のようにも思えて、自分にもまた必要な考えだった。今の社会はインターネットで正解が書いてあり、そこに至るまで調べていく。そんな雰囲気があった。しかし、何もかもの正解が乗っているわけではないし、多すぎる情報が迷わせることも少なくない。だからこそ、この自分で選び取るという考えは大切なのである。

自分自身もまた、資格という決まった正解を求めてずっとこれまで学んでいたが、ある時正解(資格)に対して疑問に持った時、動き方が分からなくなった。
同時に知識を学ぶということと、人と向き合うことがイコールにはならなくなってきた。

そんな自分だからこそ、このベリーダンスの考え方は自分の中に入れておく必要があると思った。

正解を自分で選び取るための学びや生き方。そして表面でしか見えない部分だけで判断せず、その場で踊っているダンサーが踊りにどのような意味や価値を感じているのか、その人が今踊るまでに至る人生の歩みなど。そんな価値観に触れれるように自分自身も考えていこうと思った。

この作品は残念ながら未完とはなりますが、それでも少しでも多くの人に読んでもらいたい作品であります。

もしこの拙い文章に少しでも何か感じたら、お手元に置いていただければ幸いです。

そして最後に作者芦原妃名子先生のご冥福をお祈りします。

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